現代の振り売りの担い手の一人であり、京野菜やタケノコ、ブドウなど、腕によりをかけた旬の野菜や果物を生産する山科の渡邉 幸浩さん。振り売りを通して地域のコミュニティをつなげてきた渡邉さんにお話を伺いました。
春夏秋冬の「旬」を街に届ける
渡邉さんの生産拠点である山科は、上賀茂と並んで、伝統的に振り売りが盛んに行われてきた地域です。かつて、御所の門番を任されていた山科の郷士たちは、滑石街道を登って東山を越え、洛中へと向かいました。時には朝廷に献上するために、竹細工やお茶といった山科の特産品を運ぶこともあったことから、この街道は山科と中心部を結ぶ重要な物流ルートになり、やがて野菜の生産者たちもこのルートを通って振り売りをするようになったと考えられています。
「こうした先人たちが、山科でつくって洛中で売るという流れを作り、それが感覚・感触として根付いたことが、山科に振り売りが残った要因だと思います」と語る渡邉さんも、大学卒業後にJAに勤務し、その後に就農。約20年前から市場卸を経て、振り売り中心の農業に取り組んできました。
渡邉さんは、山科でも有数の石高を誇った西野山地区に農地をもち、年間を通して多品種の野菜や果物を栽培・販売しています。山科なすや壬生菜といった京の伝統野菜はもちろん、春先のタケノコやエンドウ豆、夏場のブドウなど、その季節にしか味わえない「旬のもの」を待ち望むお客さんも少なくありません。
「20年もやっていると、2代、3代にわたって買い続けてくれるご家庭もあるんです。毎年春先になると『今年はタケノコはまだ?』と催促されたりしてね。それだけ楽しみに待っていただけるのはありがたいことだと思います」。
振り売りがつなぐ地域コミュニティ
山科の先人たちと同じように、渡邉さんも東山を抜け、今熊野や祇園、永観堂や南禅寺辺りまで足を延ばして販売しています。これまで開拓してきた顧客は約200家庭ほど。地域の中で展開する商売だけに、品質や値段だけでなく信用も問われますが、20年に渡って振り売りを続けている渡邉さんは、地域の方にとってすっかり馴染みの存在になっています。
渡邉さんは毎週2回振り売りを行い、1日あたり20~30か所のスポットを回ります。渡邉さんが運んでくる野菜や果物は新鮮で味も良いものばかりですが、地域のお客さんにとって楽しみはそれだけではありません。「馴染みのお客さんと会えば世間話をしますし、振り売りのときにしか顔を合わせないご近所さん同士も多く、だいたいの場所で井戸端会議が始まるんです。終わるのを待っているとスケジュール通り回れないこともあるのですが(笑)、おしゃべりに花を咲かせる人たちを見ていると、振り売りがこの地域の人たちをつないでいることを実感します」。
こうした地域のコミュニティは、マーケットとしては大きくありませんが、売り手と買い手の距離が近く、価格だけに左右されない固定客をもてること、また複数のスポットに売り場が分散されることでリスク管理につながるという利点もあります。しかし、渡邉さんにとって振り売りは、こうしたビジネスに留まらない価値があるといいます。
「良い意味での公私混同というか、仕事であって仕事でないような空気感も大事にしたいと思っているんです。娘が幼い頃はよく振り売りに連れて行きましたし、お客さんも娘に会うことを楽しみにしてくれて、まるで親戚みたいにお小遣いやお菓子をくれました。一般の企業がこういう関係をつくることは難しいと思いますし、何より振り売りを通して人とのつながりが広がっていくことが楽しいんです」。
京都の農業の価値を高め、発信する
振り売りの担い手であると同時に、全国農協青年組織協議会の理事も務めている渡邉さんは、全国の農業者とのパイプ作りにも尽力してきました。東京や広島、九州など、他都市の農業関係者と話すことも多く、その中では改めて京都の農業のもつ力が実感できるといいます。「都市農業に取り組む自治体は全国にありますが、振り売りは京都市以外にはありません。エリアごとに特色のある農産物を生産しており、かつ生産から販売までが都市の中で完結すること、利益率が非常に高いことを含めて、高く評価されます」。
また、農業関係者だけでなく、大学でも振り売りについての講義を定期的に行う他、提携する地元の子ども園で野菜販売も行うなど、京都の野菜の価値を認めてくれる「ファンづくり」を目標に、さまざまな活動を行っている渡邉さん。振り売り文化や京都市の農業を更に盛り上げるためには、自身を含む当事者の頑張りが不可欠であるといいます。
「マスク着用のルールが緩和され、街中に人と人のつながりがようやく戻ってきました。振り売りにもお客さんが戻ってきましたし、インバウンドも復活して、海外から来た人たちに声をかけられることも増えました。一方で、振り売りや農業の担い手は減る一方ですし、国産野菜の消費がかなり減少しているという統計も出ています。こうした状況を少しでも良くするには、行政やJAなどの役割も重要だと思うのですが、何よりも私たち農業の『現場』の人間が自覚をもって努力をすること、そして京都の野菜や振り売りという文化のもつ価値を私たちが発信していくことが、何より大切だと思います」。
渡邉 幸浩さん
JA京都市 山科南部支部
山科・西野山を拠点に30品目以上の生産物を栽培。自ら振り売りを行いながら、地元スーパーへの販売も手掛ける。令和5年11月開催の「全国都市農業フェスティバル」にも参加し、京都市の農業についてPRする予定。
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