生産者が高める食農教育の質 地域ぐるみで取り組む樫原小学校の米作り体験

京都市西京区において、伝統的に食農教育活動に注力してきた樫原小学校。その一環である米作り体験を現場で支える地域の若手生産者、出雲与一さんに、地域の食農教育や子どもたちへの思いをうかがいました。

地域ぐるみで取り組む 樫原小学校の食農教育

わずかに冷たさを残す6月の水。恐る恐る浸した足が、柔らかい泥に沈んでいく。ぬかるみに足をとられぬように注意しながら、教わった通りに苗を植えていく。誰かが転ぶたびに笑い声が起き、すっかり作業に慣れ始めた頃には、あたり一面を緑に染める苗が風を受けて揺らいでいる。

京都市西京区にある樫原小学校が行っている田植え体験では、今年も5年生の児童たちが慣れない農作業と格闘していました。食農教育の重要性にいち早く目を向けてきた同校では約30年前から米作り体験を続けており、近年では「総合的な学習」の一環として取り組んでいます。
4年生で「バケツ稲づくり」を経験し、5年生になると校区内にある水田に出向いて6月の田植え、10月の稲刈り、12月の籾摺りを体験。合間には「お米クイズ」を行い、お米の育て方や地域の農業について学びます。

平成17年に食育基本法が制定され、全国の学校教育に食農教育が取り入れられるようになりましたが、樫原小学校では学校だけでなく、地域生産者と手を取り合って、本格的な食農教育活動を展開している点が特長です。
同じ地域で食農教育に取り組む生産者は「子どもたちに田植えを教えようというつもりはありません。それよりも農業を通して子どもたちが何らかの刺激を受けてくれることを期待しています」と、その目的について語ってくれました。

田植えに参加した保護者は「普段食べているお米が、身近にある田んぼで作られていることを、授業を通して学んでほしい」と期待を寄せます。
「お米クイズ」は事前に子どもたちが調べ、疑問をもったことを中心に構成。大人にとっても有意義な学びにつながる内容。

生産者が食農教育に関わる意義

同校の本格的な米作り体験は、樫原地域の生産者内で受け継がれ、現在3代目として食農教育を担当しているのが、出雲与一さんです。

会社員を経験した後、生産者に転身した出雲さん。米や野菜作りに対しては実直な姿勢を貫く一方、持ち前の明るさとコミュニケーション能力を活かして有名ホテルをはじめとする販路を開拓。忙しい毎日の中で後継者に指名され、約10年間食農教育に取り組んできました。

「子どもは好きですか?」という質問に「まったく」と答える出雲さんですが、その言葉とは裏腹にこれまで自ら工夫を重ね、より良い授業をつくってきました。
「生産者にとっては当たり前の農作業も、子どもたちは初めて見聞きすることばかりです。例えば雨が降る前に殺菌をするのは、雨が降ると菌の増殖が進むからだし、早めに虫対策をするのは病気を予防するためです。こうしたことをかみ砕いて、わかりやすく説明するようにすると、子どもたちが関心を深め、色々な質問をしてくれるようになるんです」。

さらに食育で使用していたほ場が使えなくなった際には、自ら近隣の地主と交渉し、使用許可を得たことも。これは地域からの信頼を得る生産者だからこそできることといえます。「地主さんも『学校の為なら』と快く貸してくれました」という出雲さん。その笑顔からは子どもたちに本格的な農業に触れてほしいという思いが滲んでいました。

話し上手で常に場の雰囲気を明るくする出雲さんですが、食農教育の授業では子どもの話を聞くことを重視しています。「こちらが答えに詰まるような鋭い質問をされることもあるんです」。

米作りから感じ取ってほしいこと

近年では、小学生、それも高学年になるとスマートフォンやゲームに夢中になる時間が増え、家族との会話が減っていくケースは珍しくありません。しかし、樫原小学校に子どもを通わせる保護者からは「食育の授業がある日は色々と話してくれますし、家庭での会話がいつもより弾むんです」という反響が寄せられます。自身も同様の声を耳にするという出雲さん。
「子どもたちが家庭で話してくれているのは、米作りを通して色々なことを感じてくれたからですよね。まさにそれこそが、僕たちの目指しているところなんです」と充実した表情を見せます。

また、年間を通して行われる米作り体験の中では、「プロセス」と「結果」の両方に学べる要素があるというのが、出雲さんの考えです。
「自分が植えたときは小さかった苗が、しばらく経つと大きく育ち、やがてお米をつけるようになる。まずはその成長の過程を間近に見て、お米が育つということについて考えてほしいんです。また、毎年できるお米の量は300kg以下、大人にすると56人が1年に食べる量です。大勢の人間が田植えや収穫に汗を流して、やっとそれだけの量ができる。そんなことも、子どもの頃から身をもって知ってほしいんです」。

「育てる」だけではなく、その先にある「食べる」ことについても考えてほしい。さらには、それを支える生産者の努力にも思いを馳せてほしい。生産者と学校が同じ方針を共有する食農教育は、今後も地域に豊かな実りをもたらしてくれるはずです。

出雲与一さん。西京区樫原地域で水稲や筍の栽培、また農作業請負などを行う。日々の栽培の様子や食農教育、京都の生産者同士のつながりはInstagramで発信中。

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