京都市・西賀茂の生産者岸本 亮則さんは、自身の畑を舞台に「大人の食育」活動を展開しています。活動を始めた経緯や背景にある思い、農業に対する危機感など、たくさんのお話しをうかがいました。
農作業をともにする中で 見えてきたこと
現代の子どもたちは、田畑に触れる機会が少なく、野菜やお米のことを知らない。そう考える人は少なくありませんが、一方で私たち大人はどうでしょうか。品種にはどんな違いがあり、生育過程で姿がどう変化していくのか、生育までに必要な水と肥料や、野菜の旬がいつからなのか、収穫までにどのくらいの期間を要すのか…。はっきりと答えられる人は、残念ながら多くはありません。
こうした現状の中、「大人の食育」活動を展開しているのが、京都市西賀茂の岸本 亮則さんです。ホテル業や飲食業関係者をはじめ、多くの人を畑に迎え入れ、土づくりから畝立て、管理作業や収穫など、さまざまな農作業をともにしています。
最も長く取り組んでいるのが、大手ホテルグループとのプロジェクトです。これはホテルの調理・接客担当者を農地に定期的に迎え、栽培や収穫作業をともにし、採れた農産物をホテルのレストラン等で提供するという試み。このホテル以外にもいくつかの飲食店関係者がほ場を訪れ、自ら選別した野菜を収穫していきます。
「料理人といえば食のプロ。野菜のことは何でも知っていると思いきや、例えばズッキーニの実の成り方や、たまねぎの葉と実のつながり方など、一緒に畑で作業していると意外に知らないことが多いことがわかりました。普段はきれいに梱包されたものしか見ないから当然のことですが、プロの料理人でさえこんなに知らないんだから、大人全体が学ぶ必要があると感じたんです」。
プロが評価する鮮度の良さと 「角の無い」うまさ
岸本さんが就農したのは今から11年程前のこと。それまで医療機器の営業職として働いていましたが、農業を営む父と祖父の体調悪化を機に実家に戻り、農業に従事することになりました。
ほとんど初心者からスタートし、親族など周囲の先輩生産者から教わりながらたどり着いたのが、化学肥料の使用を極力抑え、できるだけ上質な有機肥料を使う独自の土づくりです。「腐植酸肥料と、魚粉、骨粉などの動物系有機肥料、そして植物系有機肥料を自分で配合して土に撒いています。生育スピードは化学肥料に劣りますが、有機物や微生物の力を借りて『じっくり、ゆっくり育てる』方がえぐみがなく、味も良い野菜ができると思っています」と解説してくれました。
野菜のおいしさにこだわる岸本さんは、おいしいものを食べることも大好きです。趣味を兼ねて評判の飲食店を巡るうちに飲食業界に人脈が広がり、目利き揃いの料理人に野菜を提供するように。大手ホテルグループとのご縁も、こうしたつながりから生まれたのだとか。
「味にうるさい人ばかりですが、うちの野菜に対しては鮮度の良さと食感、そして味を褒めていただくことが多いですね」と岸本さん。トマトやナスは皮が厚く、噛み切れないものも流通していますが、岸本さんのつくるものは歯切れが良く、「包丁のキレ」が違うのだそう。味に関しても「優しくて角が無く、うまみが強い」と高評価。「これは有機肥料のおかげだと思っています」と語ってくれました。
国内の農業と食の現実に 目を向けてほしい
食育活動は、岸本さんにも多くの発見をもたらしています。例えば料理人たちは自分で選んだ野菜をその場で味見し、即興的にレシピを組み立てることも珍しくないといいます。「ある人は、有機肥料に動物系の原料を配合していることを知ると、そこからストーリーを組み立て、動物系ソースを使った野菜の料理を考えていました。調理場とは違う環境にいるからこそ、新しい発想が生まれるのかもしれませんね」。
近年では料理人だけでなく、「重症心身障害児」と呼ばれる重い障がいをもつ子どもたちに対する食育活動も展開。「生まれた時から人工呼吸器につながれているような子どもたちでも、畑に来て自分の手でトマトを収穫したり、施設で苗を育てるだけでも自信につながるんです」と岸本さん。さらに近隣の老人ホームへの「振り売り」も行うなど、農業を通してさまざまな人たちと交流しています。
多忙な農作業の合間を縫って取り組む活動については、「面白いからやっているんです」と笑顔を見せる岸本さんですが、一方で農業に対する危機感もモチベーションになっています。例えば米価の高騰や極端な雨不足など、国産の食べ物が簡単に手に入る「当たり前」がなくなる可能性を、強く感じることが増えたといいます。
「そうならないためにも、まずは国内の農業と、それを支える生産者に関心をもってもらう必要があります。自分の活動を通して現実に目を向けてもらい、さらにその先に『おいしい』『楽しい』という喜びも見出してもらえたら」と、食の「当たり前」や「豊かさ」が見直されることを目標に、畑での活動を続けます。
岸本 亮則さん
大宮・西賀茂地区で京野菜を中心とする少量多品目を生産。販路は飲食店への卸販売や市内での振り売りが中心。冬期はすぐき漬けの加工・販売も行っています。