上鳥羽の豊かな土壌が育むほんまもんの金時人参。若手生産者が模索する新たな可能性

西洋人参に比べて風味が強く、柔らかな肉質をもつ金時人参。京都では生産量が減少しつつありますが、上鳥羽の銭谷裕志さんは昔ながらの栽培方法を守りながら、質の良い金時人参づくりに取り組んでいます。金時人参がもつパワーや作り方のこだわりなど、生産者の思いを伺いました。

ほんまもんの金時人参は、ハレの日だけでなく日常使いにも

目にも鮮やかな紅色に、強い香りと深い味わい。「京にんじん」とも呼ばれる金時人参は、京料理やお正月料理に欠かせない食材として長く親しまれてきました。
南区上鳥羽は、京都における金時人参の主要産地です。この地域は桂川と鴨川に挟まれており、度々起こる川の氾濫によって肥沃な土壌が形成され、九条ネギをはじめとする京野菜も数多く生産されています。「ここの土はミネラルが豊富で金時人参にも向いていて、柔らかさや赤味、栄養を増していると聞いています」と教えてくれたのは、銭谷裕志さんです。

上鳥羽の若手生産者である銭谷さんは、四反半の農地で金時人参を栽培しています。「おせち料理の紅白なますなんかがお馴染みですが、個人的にはカレーやにんじんしりしりのような普段の料理にこそ使ってほしいと思っています。味も香りも、スパイスや調味料に負けないぐらい強いですからね」。西洋人参にはない強い存在感と滋味深さを、正月などのハレの日だけでなく、日々の食卓で親しんでもらうことが銭谷さんの願いです。

店頭ではすらりとした長い金時人参も見かけますが、「肩が張った寸胴型」が銭谷さんのこだわり。「この形の方が肉質が柔らかくなる、というのが父の教えなんです」。おせちなどハレの日のお料理はもちろん、ポタージュやカレーに使うと子どもも楽しめます。

父から受け継いだ金時人参の「家種」の力

15年前に就農した銭谷さんは、昨年父が急逝されて以降は1人で金時人参栽培に取り組んでいます。金時人参は発芽率が悪いため多くの種をまき、発芽後に状態の良いものを残してほとんどを間引くという手間がかかる野菜です。近年は効率化のためそのプロセスが省かれることもありますが、銭谷さんは芽を一本一本確認しながら丁寧に間引きを行うため、品質が均一になり、病気などにも強いといいます。
また、銭谷さんのなによりのこだわりは「家種(いえだね)」と呼ばれる自家採種した種を使い続けていることです。現在はほとんどの農家が市販の種を使いますが、銭谷さんは全体の9割を家種でつくっています。市販の種に比べると、家種でつくったものは表面のところどころに「芽」という節目ができますが、銭谷さんは収穫後にこの芽を一つひとつ包丁で取り除いているため、時間も手間もかかります。また、市販の種でつくった金時人参に比べると自家採種は寸胴型で不揃いに見えるため、市場では評価されにくく、その分価格も抑えられてしまうのだとか。

「芽」を一つひとつ包丁で取り除く銭谷さん。

それでも銭谷さんが家種にこだわるのは、やはり柔らかさや発色、味、香りの違いが大きいからです。「市場ではどうしても見栄えが重視されます。うちも試験的に市販の種を試したりもしていますが、やっぱり家種でつくったものには勝てないですね。現に料亭なんかにお持ちすると、家種の方がすごく喜ばれますから」。品質にこだわり、労を惜しまず家種を残してくれた亡き父の頑なさに、深く感謝しているといいます。

肥沃な上鳥羽の土壌ですが、粘土質のため土が固まりやすく、重量野菜である金時人参の収穫は力仕事。栽培から収穫にも4~5ヶ月かかるなど、生産者が手間暇をかけて市場に届けています。

地元、上鳥羽地域の生産者を増やしたい

忙しい農作業の間に食育活動にも携わっている銭谷さん。現在は農業体験を積極的に取り入れている地元の上鳥羽小学校で、6年生に金時人参の栽培を指導しています。農業への関心や取り組み方は子どもそれぞれで違うそうですが、「草引きなんかを頼むと、意外に面倒がらずに頑張ってくれるんです」と、農業を通して子どものパワーに触れ、モチベーションを高めています。
また、京都府が実施する「きょうと食いく先生」の資格も取得し、積極的に子どもたちの食育活動に関わっていきたいと話す銭谷さん。そのきっかけは畑での何気ない出会いでした。「今の時代に金時人参を知っている子どもは少ないと思うのですが、あるときうちの畑の前を通りがかった小学生は一目で『金時人参や』とわかったみたいで。なぜ知っているのかを聞くと、学校で習ったということでした」。農地と人の距離が近い、京都市の農業ならではのエピソードを語ってくれました。

かつては上鳥羽のほとんどの生産者が金時人参を栽培しており、畑一面に金時人参が植わっていたといいますが、生産量は残念ながら年々減少しています。今では地域の生産者は銭谷さんを含めて5~6軒に、出荷実績もこの10年で10分の1まで減少したといいます。「上鳥羽は九条ネギも特産です。九条ネギの方が値段も作業性も良いので、金時人参を辞めてそちらに切り替える生産者も少なくありませんが、僕はあくまで上鳥羽の金時人参にこだわりたいんです。上鳥羽全体の生産量を増やして、金時人参の出荷組合ができるぐらい生産者が増えてくれれば」。

そんな将来を実現するために、銭谷さんが問題視しているのは、金時人参の知名度の低さです。九条ネギや賀茂なすと同等のブランド価値をもたせ、西洋人参にはない鮮烈な香りと色、そして深い味わいを知ってもらうことができれば、若手生産者も振り向いてくれるのではないかと考えています。「食べたら『おいしい』と言ってもらえる自信はあるのですが、問題はそこまでどう持っていくか。異業種の方を含めて、良いアイデアがあればぜひ伺ってみたいですね」。若手生産者のひたむきな姿勢が、金時人参の可能性を広げていきます。

「京都市内で農業をしていると朝早くから作業ができなかったり、肥料の臭いや農薬をまく時間にも気を使いますが、畑の周りに人がいることで僕たち生産者は安心して食べてもらえるものを作ろうという気になりますね」。

銭谷 裕志さん
JA京都市版GAP取得者
JA京都市 上鳥羽支部
15年前に就農。現在は春夏にキャベツ、秋冬は金時人参を栽培。一般的な金時人参とは異なり、伝統的な自家採種にこだわり、例年11月から3月頃まで出荷しています。

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