京都人しか知らない?初午の日の食卓を彩る京の伝統野菜、畑菜とは

畑菜は伏見区久我を中心につくられてきた野菜で、他府県ではあまり知られていません。まさに京都のローカル野菜ともいうべき畑菜の生産者であり、その魅力を広める活動にも取り組む樹下ちえ子さんに、畑菜の魅力や日々の活動について伺いました。

畑菜は葉が柔らかく、栄養豊富な伏見の名産

京都では昔から「畑菜」という野菜が親しまれてきました。アブラナ科・アブラナ属の畑菜は江戸時代の本草学者である貝原益軒の「菜譜」という書物にも記録されているように、江戸時代にはつくられていました。姿形は油の原料に使われる菜種にとても良く似ており、畑菜も当初は油用に栽培されていましたが、葉が柔らかく食用にも適していることから、葉物野菜が少ない春先に食べられるようになったとされています。
特に1月から2月にかけての旬の時期には、畑に降りる霜が葉を一層柔らかくします。また、生の畑菜にはカルシウムがほんれんそうの1.9倍、ビタミンB6が2.3倍、総ビタミンCは1.4倍含まれているなど、非常に高い栄養価を備えることでも知られています。
昭和30年代までは京都で広く栽培されてきた畑菜ですが、残念ながらそれ以降は生産量が減少の一途をたどりました。現在は京の伝統野菜に指定されたこともあり、市内の店頭で見かける機会が少しずつ増えてきています。

「畑菜は伏見の久我地区でたくさん栽培されていたので、『久我菜』とも呼ばれるんですよ」と樹下さん。

初午(はつうま)の日に畑菜をいただく風習

畑菜を語る上で外せないのが、「初午」です。初午とは、その年の2月に迎える最初の午の日のこと。この日は和銅4(西暦711)年に、稲荷山の三ヶ峰に稲荷大神が初めて鎮座した日とされており、伏見稲荷大社ではこれをしのんで初午大祭を行い、商売繁盛や開運を願う多数の参詣者で賑わいます。伏見を中心として、この初午の日に辛子和えにした畑菜を食べるという習慣が京都に根付きました。
「初午の参拝は福詣りとも呼ばれますし、その日に畑菜を食べると福がくるかもしれませんね」とほほ笑むのは、伏見区久我で畑菜を栽培する樹下ちえ子さん。100年以上続く農家である樹下家に嫁いで以来、50年にわたって畑菜をつくりつづけてきた樹下さんは、畑菜を知ってもらうためのPR活動にも積極的に取り組んでいます。

毎年じねんと市場で開催される畑菜の試食会の様子(2023年2月撮影)

ご主人とともに育てた畑菜を、伏見区の農産物直売所「じねんと市場」に卸す一方で、自ら友人たちとともに店頭に立ち、辛子和えや白和えにした畑菜の試食を振る舞うほか、地元の朝市でも販売。またInstagramに活動内容を投稿するなど、畑菜の魅力を広める活動を精力的に展開しています。「お店では『いつもおいしい畑菜をつくってくれる樹下さんやね』と、声をかけていただくこともあるんです。ありがたいことですね」。

店頭では自ら監修した畑菜のレシピカードの配布も行う樹下さん。おすすめは畑菜と油揚げの優しい味わいと和からしのコントラストがたまらない定番の辛子和えですが、辛いものが苦手な子どもには、白和えが喜ばれるそう。また柔らかい食感はほうれん草の代わりにスパゲティペペロンチーノやクリームシチューに使ったり、白菜の代わりに鍋に入れてもおいしいのだとか。

畑菜は生のまま刻んで、鰹節と混ぜても美味。葉だけでなく花も漬物にしたり、炒めものにするとおいしくいただけます。

畑菜がつなぐ人のつながり

樹下家では、かつては米の収穫後に2丁の畑を全て作って畑菜を生産しており、最盛期は1日に200束もの畑菜を市場に出荷していました。ご主人と二人で切り盛りする現在は生産量こそ当時に及びませんが、地元JAの女性部の活動の一環として、畑菜のPRに携わるようになりました。さらに4年程前からは地元の女性生産者で「伏見農家の台所」というグループを結成し、畑菜をはじめとする伏見野菜の販売とPR、食育活動などにも精を出しています。「学校から見学にきた小学生が後日畑菜を買いにきてくれたり、海外からの留学生が収穫体験にきてくれたこともあるんですよ」。いつも前向きで明るい樹下さんの元には、多くの人が集まってきます。

こうした畑菜のPR活動をはじめ、長年地元の農業に貢献してきた樹下さんの目下の心配事は、後継者不足です。地元生産者が農地を手放すケースもあり、また久我の名産である畑菜の作り手も少なくなっています。JA京都市女性部の活動も、子育て世代の女性はなかなか時間をとりにくく、活動の引き継ぎには課題を抱えています。「色々あるけど、お友達と一緒にあれこれやるのは楽しいからね」と、樹下さんの表情から悲壮感は感じられません。

樹下さんをはじめとする多くの生産者によって、畑菜栽培は現在まで受け継がれてきました。その特徴である柔らかな葉の肉質は、裏を返せば流通には不向きということ。だからこそ生産地である京都だけで根付いた畑菜を、ぜひご賞味ください。

収穫した畑菜は、蹴上のレストラン「ブレッツカフェクレープリー 京都店」にも卸されています。
畑菜をガーリックバターでソテーして、スモークサーモンと合わせたガレットは、中辛口のオーガニックシードルと合わせて、期間限定で提供されているそう。

樹下ちえ子さん
JA京都市版GAP取得者
JA京都市 久我支部
伏見区の生産者として畑菜をはじめ約30種類の野菜を栽培し、近年は新京野菜づくりにも取り組む。地元久我地域の農業に長年貢献し、現在は「伏見農家の台所」をはじめ畑菜の普及活動にも携わる。
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