夏野菜の代表格であるきゅうり。露地栽培のきゅうりは6月から8月にかけて旬を迎えます。今回は伏見区・深草を代表するきゅうり生産者、辻󠄀井さんのもとを訪れ、きゅうりづくりの秘訣や、家族で取り組む農業についてお話をうかがいました。
親子でつくる深草のきゅうり
春の筍が旬を終え、気温がぐんぐん高まる6月。伏見区・深草ではきゅうりが収穫時期を迎えます。深草はもともときゅうりの生産が盛んな地域。「山のきゅうり」と呼ばれ、皮が丈夫で日持ちがすることから漬物に適しており、梅雨時期に湿害や根腐れを起こしにくいという特徴も備えています。
「今では減ってしまいましたが、昔はうちの近所に十軒、極楽寺町あたりにも十軒ほどきゅうり農家がありました。夏場には漬物屋が集荷のために回っていたものです」と教えてくれたのは、辻󠄀井永雄さんです。

辻󠄀井さんは江戸時代から農業を続けてきたという辻󠄀井家十五代目当主で、四十年以上の栽培暦を誇る生産者でもあります。JAの農産物品評会で特別賞を受賞するなど、栽培・出荷調整の技術の高さでも知られています。
そんな永雄さんとともに、息子の辻󠄀井憂樹さんもきゅうりづくりに取り組んでいます。2021年には深草立毛共進会の「区長賞」に輝くなど、永雄さん同様に技能を磨いてきた憂樹さん。「少しでも高く売るために販路を探すことも大切かもしれませんが、うちは作ることに集中しています。やっぱり品質が何より大切ですから」と、作り手としての自負をにじませます。

塩梅を見極める
きゅうりづくりは毎年3月頃から始まります。まずは土にたい肥を混ぜ、耕起してふかふかな状態に。雑草を防ぎ、土の水分保持力を上げるために畝間にすき間なくマルチを敷いた後は、ほ場全体に二十本のトンネルを設置し、4月上旬に苗を植え付けます。

植えるのは「なついろ」という露地用品種です。実は大ぶりでまっすぐ育ちやすく、収量も高水準。「品種改良は医療と同じく日進月歩。昔は『ベト』や『ウドンコ』という病気が多かったけど、最近の品種は病気にもずいぶん強くなりました」(永雄さん)、「きゅうりは『成らしてなんぼ』ですから、収量、耐病性を高めるためにも常に最新の品種を使うようにしています」(憂樹さん)と、品種選びの重要性を教えてくれました。

きゅうりは生育が早いため、苗を植えた後から収穫までの短い期間で品質が決まります。特に気を遣うのは苗の活着までの期間。植えて間もない春先は急に温度が上がることも多いため、気温をこまめにチェックしては、トンネルの開閉や水やりによって温度を調整する必要があります。
また、整枝や誘引といった日頃の手入れも欠かせません。「昔は放任に近かったけど、週に一回は手を入れることで、病気が予防しやすくなり、収量も増えやすくなります」(永雄さん)。

一方で「過保護はあかん」と、手のかけすぎにも注意しています。例えば水やりはきゅうりをまっすぐきれいに育てる上でも重要ですが、根が土中に深く張っていれば、きゅうりは自力で水分を吸い上げることができます。日中が暑すぎるからといって水をやりすぎると、病気の原因になってしまうのだとか。
どの部分に手をかけて、どの部分は野菜がもつ力に任せるのか。この塩梅を正しく見極めることこそ、辻󠄀井家のきゅうり栽培の肝といえるでしょう。
「毎年一年生」の農業
収穫は6月から始まり、7月にピークを迎えます。収量は多い時で一日数十ケースにもなり、家族総出で早朝から収穫・仕分け・箱詰めを行い、夜間に市場に出荷するという多忙な日々が、8月まで続きます。
「放っておいても毎日実がなるきゅうりは、市場向きの野菜ではありますが、その分時期になると土日を含めて休みはありません」と憂樹さん。出荷量は地域でも有数で、品質・収量ともに市場で高く評価され続けてきました。

辻󠄀井家に蓄積されてきたノウハウがそうした評価につながっていることは間違いありませんが、「きゅうりづくりは『毎年一年生』の気持ちでやっています」と永雄さん。
「農業は自然を相手にする仕事。気温や天気は毎年変わるし、今年米の値段が大きく変わったように、昔のやり方だけでは通用しません。この先、もし京都が沖縄みたいな気温になったら、パイナップルやマンゴーでもやらなあかんしね(笑)」と、状況を的確にとらえ、対処していく重要さを語ってくれました。
現在、辻󠄀井家の農業は永雄さんが舵を取っていますが、70歳になる2年後には、その役目を憂樹さんに譲ることを決めています。

「自分一人でやっていくことになれば、今より収量は減るかもしれませんが、それでも十分やっていけるだけの知恵や環境は、父や祖父たちが残してくれています。まずは今の作物をしっかりとつくり続けることが一番の目標です」と憂樹さん。高齢化や後継者不足による離農が全国で続く中で、地域農業の未来が、次世代へと受け継がれていきます。



辻󠄀井永雄さん・憂樹さん
深草できゅうりや水稲、筍、ほうれんそうなどを栽培。親子ともに品評会に出展し、高い評価を受けるなど、地域を代表する生産者として活躍を続ける。