肥沃な農地が広がる京都市南部で、水菜を栽培する柴田恭宏さんを訪ね、水菜づくりや農業に対する思い、そして農業を取り巻く環境についてうかがいました。
巨椋池の記憶を宿す土。その豊穣な恵み
鍋料理やサラダに欠かせない名脇役、水菜。シャキシャキとした食感と瑞々しさで全国に普及していますが、水菜はもともと京都発祥の野菜です。栽培の起源は江戸時代以前とされており、「千筋京みず菜」と称されるように、シャープできりっとした葉柄(ようへい=柄の部分)は白さが際立ち、濃緑色の葉と美しい対比をなしています。
この日、柴田さんに手渡されたのは、収穫されたばかりの水菜です。よく育った葉はずっしりと重く、一口かじると、「プシュッ」と音がしそうなほど、水分が溢れ出しました。えぐみや辛味はほとんどなく、甘みと滋味が後からじわりと広がります。
柴田さんが水菜を育てるこの久御山周辺は、かつて「巨椋池(おぐらいけ)」という巨大な池があった場所。昭和初期の干拓事業によって、生物の宝庫であったといわれる巨椋池が、肥沃な粘土質の農地へと生まれ変わったのです。
「雨が降ると固まったり、粘土質には難儀な面もありますが、やっぱりこの土だからこそ良い野菜ができるんです」と柴田さん。肥料や水を保つ力が強い粘土質の土壌は、たくさんの水を要する水菜栽培にも適しているとされています。
また、水菜などの葉物や根菜類を中心に、この地は京都市内でも有数の農産地として知られており、生産者同士の結びつきが強い点も特徴です。
「この辺りの生産者はみんなオープンで、勉強会でお互いのやり方を教え合ったり、失敗談も隠さず話す関係性がありますね」と柴田さん。互いに協力し合いながら、産地を支えてきました。
「面取り」に宿る美学。選ばれる京野菜であるために
スーパーの野菜売り場に並ぶ水菜には、大きく分けて2つのタイプがあります。一つは、サラダ用として使われる「小株」で、もう一つは、鍋物や漬物用として大きく育てた「大株」です。核家族化が進む現代では、使い切りやすい小株のニーズが主流になっており、柴田さんの畑でも、時代の変化に合わせてその両方を出荷しています。
肝心の栽培のこだわりをたずねると、「自然が相手ですから、こっちがどうしようと思っても、思い通りにならんのが農業です」と、多くは語らない柴田さんですが、その作業風景からは、並々ならぬこだわりが垣間見えました。
その一つが、「面取り」です。面取りとは、収穫した水菜の根元に刃を入れ、角をくるりと削ぎ落として形を整える作業のこと。
「なぜやるのかと言われても、親父の代からやってることですからね」とのことですが、実際に面取りされた水菜とそうでないものを比べると、その差は歴然です。
面取りの後も、色の悪い葉や大きすぎる葉を引き抜き、丁寧に洗い、サイズを揃えて箱詰めしてようやく出荷を迎えます。味はもちろん、見た目の美しさのためにも手間を惜しまず、出荷品質を追求する姿勢は、京都の生産者に共通する姿勢といえます。
思い通りにならない。 その言葉の奥にあるもの。
専業農家としてのキャリアは30年以上。水菜をはじめ、美しくおいしい野菜を作り続ける柴田さんですが、その胸の内には常に葛藤があります。
「機械化や品種選びなど、産地の皆さんと一緒にいろいろ試行錯誤はしていますが、やっぱり近年の異常な暑さはこたえますね」。
ハウスではなく露地で栽培する柴田さんたち生産者にとって、年々厳しさを増す夏の暑さと、不安定な気象は、深刻な問題です。さらに、資材や肥料は高騰する一方で、農産物の市場価格はそう簡単に上がるものではありません。水菜の生産者も減っており、本場・京都産の水菜がいつまでも手に入るとは、限らなくなっているのです。
「思い通りにならんのが農業です」。
柴田さんがこぼしたその言葉は、日々自然と向き合う柴田さんの謙虚さを表すと同時に、環境変化の影響をダイレクトに受ける農業の厳しさを物語っています。
この瑞々しい水菜を、記憶の中だけのものにしないためにも、手に取った野菜の作り手や、その背景に思いを馳せてみる。そんなささやかな積み重ねが、農業の明日を支えるエールになるのです。
おすすめの食べ方)
定番のサラダは、相性の良いトマトと合わせて。「お揚げさんとの炊いたん」も、出汁を吸った油揚げとシャキシャキの水菜が相性抜群。豚肉だけのハリハリ鍋、ご飯が進む浅漬けもおすすめ。
柴田恭宏さん
JA京都市 上鳥羽支部。京都市南部の上鳥羽、久御山エリアを拠点に、代々続く農業を営む。美しさと鮮度にこだわったその野菜は、市場や消費者から高い信頼を得ている。