京都市の深草地域の生産者である北村忠之さんは、40歳から専業農家として独立し、以来京の伝統野菜「伏見とうがらし」をはじめとする農産物を栽培してきました。繊細な手入れが求められる伏見とうがらしの栽培技術や、都市部での農業、地域との関わり方についてお話を伺いました。
深草の地で育まれる、希少な伝統野菜
京都市深草の市街地から、東山方面につながる竹藪の一画。このあたりは屋根瓦の材料になる良質な粘土の産地で、今も「深草瓦町」という地名が残っています。「祖父が所有していた竹藪の土を、父が瓦関係の業者に売却したあと、農地として整備したのがこの畑なんです」という北村さんは、現在きゅうりやオクラ、万願寺とうがらし、わさび菜などをこの地で栽培しています。
取材に伺ったこの日は、伏見とうがらしの出荷がピークを迎えていました。伏見とうがらしは、京都市伏見区付近でかなり古くから栽培されていた在来種。来歴は明らかではありませんが、1684年の『雍州府誌』という江戸時代の書物には、すでに伏見あたりで作られたものが有名であるという記載があります。
果実は10~15cmの長形で、日本のとうがらし類のなかでももっとも細長い品種。食物繊維、カルシウム、ビタミンCなどが豊富に含まれています。先端は尖っていることから「ひもとう」、また辛みが少ないことから「伏見甘長とうがらし」とも呼ばれています。
春に植え付けて、収穫は夏から秋にかけて行います。収穫量は1回あたり4~5kgほどで、シーズンになると1日おきぐらいで出荷作業が行われます。「大きくなりすぎると種の口当たりが悪くなるので、長さは12cm~15cmが理想。収穫が遅れて赤くなったものは、甘くはなりますが出荷はできません」と北村さん。
収穫したうちの約半量は、JAを通して東京方面に出荷されます。「京の伝統野菜」であり、かつ「ブランド京野菜」にも指定されている伏見とうがらしは東京の市場にも受け入れられていますが、肝心の生産者は減少しており、希少な野菜になりつつあります。
ストレスを遠ざけ、真っすぐに。栽培は子育てのように。
伏見とうがらしの栽培は「きゅうりなどと比べると手間はかかります。腐りが出やすいですし、見た目ではわからない辛みが出てしまうこともありますから」と、その難しさを語る北村さん。味の良さだけでなく、「なるべく真っすぐで、きれいなものをつくりたいんです」と、見た目の品質にもこだわって栽培に励んでいます。
北村さんによれば、伏見とうがらしは、栽培中にストレスがかかると曲がってしまうため、ストレスを与えないための環境づくりが何より大切です。しかしこれが一筋縄ではいきません。特に今年は猛暑が続き、梅雨明けから雨が少ない日が続きました。雨が降らないと水やりは2日に1回ほどのペースが理想ですが、少しでもさぼるとストレスがかかってしまうのだとか。「ストレスがかかると実が曲がりやすくなり、曲がる過程で辛み成分が出やすくなるらしいんです」とのこと。
反対に、ゲリラ豪雨を含めて、極端な雨に見舞われると、実が黒くなったり、「寒天状」になったりすることも。「これはどうやら、雨によって土中のカルシウムが流れてしまうことが原因のようなんです」と北村さんは推測します。
しかし、その対策のために一度に多量のカルシウムを与えても意味がありません。「土中のカルシウムは分子が大きいので、根が吸い上げにくいんです。根を健全に育てて、カルシウムを吸収しやすくしてやる必要があるんです」と、土中という見えない部分での繊細な管理に心を砕いています。
他にも、暑さ対策に遮光ネットをかけたり、密になりすぎないようこまめに葉を摘んだり、手間を惜しむことはありませんが、「それでも当たりはずれは出てしまうんです」と語る北村さん。正解の無い農業に取り組むその姿勢からは、子育てにも通じるような、粘り強さと愛情がうかがえました。
地域とつながる都市農業。先人から受け継いだ農地を未来へ
収穫時に奥様が手伝ってくれる以外は、一人で農業を切り盛りする北村さんですが、最近は地域の就労継続支援事業所の利用者さんが、梱包作業を手伝ってくれるように。こうした連携がスムーズに行えるのは、市街地からアクセスしやすい都市農業ならではの強みと言えます。
また、近年では地域にある大手コンビニエンスストア3店舗で、北村さんの野菜が販売されるようになりました。店舗へ買い物に行くと、お客さんから直接声をかけられることもあるのだとか。「いくら流通が発達したとはいえ、遠くで採れたものばかりを買う生活が完全に正しいとは思えないんです。そういう意味では、地元のコンビニで私たちがつくった野菜を買える意義は大きいと思いますね」と、地産地消への思いを語ってくれました。
異常気象や獣害、資材や肥料価格の上昇など、たくさんの課題はありますが、「まだ20年ぐらいは農業を続けたい」と力強く語る北村さん。次なる目標はほ場の整地です。「造成した当時に比べると、今はゲリラ豪雨も多い。畑に急な傾斜があると土が流れやすいし、作業もやりにくいんです」と、重機を入れて農地を平らにならす計画を立てています。
先祖から引き継いだ農地を、今の時代に合わせて形を変えながら続ける。その等身大の農業は、これからも深草の地で、確かな歩みを重ねていきます。
北村忠之(きたむら・ただゆき)さん
現在64歳。園芸関連会社での勤務を経て、40歳ごろから専業農家へ。祖父の前の代から続く京都市の深草地域の畑で、伏見とうがらしをはじめ、きゅうり、オクラ、万願寺とうがらし、ピーマン、なすび、わさび菜、たけのこなどを栽培する。
おすすめの食べ方
「やはり、かつおと一緒に煮浸しにするのがおすすめ。シンプルに焼いて、めんつゆをかけるだけでもおいしいですよ」と北村さん。