ロス野菜を絵具に。京都の大学生が描く未来スケッチ

食品ロスやSDGsへの意識が高まる中、京都の大学生がロス野菜を原料に使った「おやさい絵具」を開発しました。各メディアでも注目されるこの絵具が生まれた背景には、農業や子どもたちへの思い、そして京都市で代々続く生産者一家の歴史がありました。

野菜の色で子どもと一体に。素材の粒と質感、香りがあるナチュラルな絵具

立命館大学4回生の山内瑠華さんが代表を務める合同会社ラピスプライベートが開発した「おやさい絵具」は、ほうれん草やビーツ、トマトといったロス野菜を真空乾燥させてパウダー状にしたものでできており、アラビアガムというマメ科植物の樹液で溶かして使います。野菜ならではの柔らかい色調や粒と質感、香りがあり、口に入れても問題がないほどナチュラルな絵具です。

原料はロス野菜と植物の樹液だけだから、小さな子どもが使っても安心。野菜が本来もっている色の美しさに触れられる点も魅力。

近年、食品ロスに対する問題意識が高まり、その解決に向けてさまざまなアクションが起こっています。食品の中でも野菜に目をむけると、その多くが「いかにロス野菜を捨てずに食べるか」に主眼を置いていますが、「負けず嫌いで、人と違うことがやりたい性格」を自認する山内さんは、食べる以外の自分にしか思いつかないオリジナルな方法を模索。大好きな子どもたちと楽しめるツールとして「色で子どもと一体になれる」おやさい絵具の開発を企画しました。

山内さんが「へんてこりんやさい」と呼ぶロス野菜たち。流通の規格からは外れていますが、ユニークな形状はそれぞれの個性を主張するよう。

活動の原点にある自分を育ててくれた農業、家族への感謝

山内さんにとって野菜は切っても切れない存在です。山内さんの実家は京都市右京区太秦で明治時代から農業を営んでおり、現在は山内さんの祖父である貞夫さん、父の貞宏さんがかぼちゃや三度豆、なす、きゅうりなど多品目の露地栽培野菜を手掛けています。

「子どもの頃は農業はおじいちゃんとおばあちゃんの仕事という認識」だったそうですが、約7年前に父の貞宏さんが就農すると、早朝から畑仕事に精を出す姿、土で汚れた農作業服を見る度に、農業をより身近に感じるようになったといいます。

太秦(京都市右京区)の住宅地にある山内さんの畑。太秦には自分たちで品質を高めようという気風をもった生産者が多く、祖父の貞夫さん、父の貞宏さんも農事研究会の会長を務めるなど、地区の農業に貢献してきました。

その一方で、規格に合わず畑の隅に大量に捨てられているロス野菜には、子どもの頃から漠然とした問題意識をもっていました。その思いが後に絵具という形になるのは、大学に入って環境が変化したことが深く関係しています。
「私は中学校の頃から運動や勉強、とりわけ大好きな英語では誰にも負けないと思っていましたが、大学に入ると自分より能力の高い人たちがいて、すっかり自信を失っていました。そんなときに同級生と親の仕事の話になり、『医者』や『社長』と答える人たちに対して、『私の親は農家』と胸を張って言えない自分に気付いたんです」。

人生で初めての挫折を経験し、自分を見失いかけた山内さんですが、深く落ち込んだ後は「農家の娘は珍しいから逆に自分の強みになる」と持ち前の負けず嫌いを発揮して気持ちを切り替えます。「何より私が中学校から私立に通えたのも、おじいちゃんやお父さんが農業を頑張ってくれたから」と、自分のバックボーンである農業を強みに捉えられるように。

2回生になるとSDGs、とりわけ環境問題への意識が高まり、ロス野菜問題の解決を目指して親しい友人5人と学生団体「ラピスプライベート」を立ち上げ、おやさい絵具を開発することになります。

ラピスプライベートのサポートメンバーと。コロナ禍で大学生活が制限される中、自分たちで団体を立ち上げ、楽しみながら社会にさまざまな働きかけを行っています。

当初はロス野菜をミキサーでジュース状にしては失敗するなど、試行錯誤を繰り返しますが、あるときラピスプライベートの活動がテレビ番組に取り上げられ、その放送を見た芸大生のアドバイスから真空乾燥という技術に出合います。その後、真空乾燥設備をもつ業者ともパイプができるなど、さまざまな出会いもあってわずか半年で製品化に成功しました。

「私たちとは違い、今の世代はインターネットを通して色々な情報が入ってくる。うまく使いながらより良い将来に向かって邁進してほしい」と貞夫さん(左)。「瑠華がやりたいことをやれているのも、周囲の人やつながりに恵まれたから。ここまで導いてくれた方々には本当に感謝しています」と貞宏さん(右)。
開発中は野菜の色がうまく出せず草木染めのような形も考えたそうだが、真空乾燥によるパウダー化、アラビアガムと混ぜ合わせるいう発想によって開発に成功。

合同会社ラピスプライベートを立ち上げ、さらに広がるイメージ

2021年夏におやさい絵具が完成すると、WebサイトやSNS、イベント活動などを通して積極的にPR。教育・芸術関係者や自然派指向の個人を中心に売上は好調で、おやさい絵具を使ったワークショップも開催しています。

ワークショップに参加する子ども。「色を混ぜ合わせたり香りを嗅いだり、子どもたちのキラキラした表情を見ているだけでも楽しいです」と山内さん。
開発時は実家のロス野菜を原料として使用。製品化以降は近隣の契約農家のロス野菜も使用している。市販の絵具には出せない優しく繊細な色合いは、芸術関係者の評価も高い。現在は10色前後を販売。

父の貞宏さんは「学生団体を作ったと聞いたときは『学生の遊び』かなと思ったこともありますが、話を聞いてみると将来のこと、環境のことを深く考えていることがわかりました」と評価。祖父の貞夫さんも「ロス野菜の再利用は生産者としても嬉しいこと。私たちの発想にはない形でやっているし、これからも頑張ってくれたらうれしいね」と、孫娘の活躍に目を細めます。

2022年8月には、山内さんが代表となって合同会社ラピスプライベートを立ち上げて法人としての活動を開始。「こうしてメディアに取り上げられることも増えましたが、それに見合うだけの実力があるとは言い切れないのが正直なところです。でも絵具を買ってくれる人が増えたり、全国の企業や生産者さんからロス野菜についてのアドバイスを求められたり、『自分たちの活動が必要とされている』ことを実感します」と語る山内さん。

今後も絵具以外の製品開発やロス野菜の活用コンサルティング、得意の英語を生かして海外展開も計画するなど、「おやさい絵具」が描くイメージは、どこまでも広がっていきます。

山内瑠華さん
立命館大学4回生にして、合同会社ラピスプライベート代表を務める。ロス野菜を使った絵具の開発・ワークショップの開催などを通して、食品ロスや環境問題についての発信を続ける。

「おやさい絵具」は下記から購入可能です。
・ラピスプライベートのWebサイト・instagram

山内貞夫さん・山内貞宏さん
JA京都市版GAP取得者
太秦支部

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