地域生産者と酒米オーナーが広げる「嵯峨酒づくりの会」の輪。守りたい古都の原風景。

歴史的風土特別保存地区に指定されている嵯峨地域では、地域の生産者と応募された一般の方が協力して日本酒の酒米をつくっています。このユニークな会を発足当時から支えてきた山田さん、北川さんにお話をうかがいました。

逆風の中ではじめた酒づくり

京都市右京区の嵯峨地区に広がる田園地帯。この地区は京都市によって歴史的風土特別保存地区に指定されており、地域の人たちを中心に、昔ながらののどかな風景が大切に守られています。「嵯峨酒づくりの会」は、この嵯峨の水田で毎年酒米を栽培・収穫し、日本酒「げっしょう」を製造しています。

嵯峨酒づくりの会のユニークな点は、地域生産者だけでなく、一般から募った「酒米のオーナー」が運営に参加する仕組みにあります。1口1万円を支払うことで酒米のオーナーになれば、酒米の田植え・稲刈り体験や酒蔵見学といったイベントに参加できるほか、できあがった「純米大吟醸げっしょう」も贈られます(1口につき五合瓶で2本)。

大人の参加者のお目当ては、オーナーだけが味わえる「げっしょうの生酒」。「げっしょう」の特徴であるまろやかさと、加熱処理をしない生酒ならではの瑞々しさは、「これが飲みたいからやっている」という人が多いというのも納得の味。

嵯峨酒づくりの会がスタートしたのは1996年のこと。1967年に特別保存地区に指定されたことで、嵯峨地区の農地は農地以外への転用が難しくなり、更に当時続いていた米の減反政策も、地域生産者の足かせとなっていました。そんな逆風ともいえる環境の中で、地域の生産者が目を付けたのが酒米です。

「きっかけは自治体からの提案です。加工米だから減反の対象になるし、やってみようかなと。でもそれまで酒米はつくったこともないし、食用米より稲穂の丈が長いから、風でこけ(倒れ)やすい分育てるのも難しい。亀岡の酒米農家まで見学に行って勉強しました。」(北川さん)。
「お酒は祝でつくりたいと、いくつか酒造会社に相談して、唯一手を挙げてくれた京都市伏見区の齊藤酒造さんにお願いしました。また、ただ普通にお酒をつくって売るだけでは面白くないから、『オーナーさんを募ったらどないや』と、今の形ができたんです」(山田さん)。

「会が始まったころは地域紙やラジオ番組で宣伝しました」(右・山田さん)、「ラジオは半年も続けたから慣れてしまって、最後はなんでもかんでもしゃべるようになって(笑)」(左・北川さん)。幼馴染の二人の楽しい掛け合いを楽しみにするオーナーさんもいるのだとか。

田植えからお酒の完成まで、喜びを共有

初年度は約70名のオーナーを集めて活動をスタート。収穫体験では機械に頼らず昔ながらの農業が体験できること、また「げっしょう」の評判が広がったこともあり、徐々に人気を集め、多い年で230名以上がオーナーに名を連ねるようになりました。京都からの参加が中心ですが、大阪や兵庫、遠いところでは関東や北陸から参加するオーナーも少なくありません。

毎年6月に田植えを行い、稲刈りは10月。1月には酒蔵見学会を実施し、完成した「げっしょう」を2月中旬から頒布します。「田植えや稲刈りではオーナーさんにおにぎりや野菜を振る舞ったり、餅つきもします」(山田さん)、「子どもさんも来ますから、用水路に鯉や金魚を放したり、カブトムシの幼虫をプレゼントしたこともあります」(北川さん)。

子どもたちに自然を楽しんでもらいたいと参加されているご家族。「幼稚園でお米のバケツ田植えをしてるけど、こっちのほうが楽しい!」と娘さんは話します。
この日は参加者が協力して餅をつき、きな粉餅として振舞われました。稲刈りに汗を流した参加者の皆さんも、田んぼで走り回ってお腹を空かせた子どもたちも、つきたてのお餅を楽しみます。

また、8月には「かかし祭り」を開催。その年の豊作を祈って、オーナーが思い思いにかかしをつくり、コンテストも行います。近年は人気アニメのキャラクターをモデルにする参加者が多いそうですが、これまで自分のウエディングドレスをかかしに着せたり、高価な着物を着せた人も。

かかし祭りは関係者が毎年心待ちにする名物行事になっています。
「稲刈りをはじめとする農業体験やイベントはJA京都市の嵯峨野支店の皆さんにいつも助けてもらってます。」(山田さん)。

ここから生まれるつながりと思い出

「嵯峨酒づくりの会」は京都市内で運営されている農業体験イベントとしては歴史、規模ともに抜きんでているといわれています。市内中心部からアクセスしやすく、日本酒ファンだけでなく、土や植物に触れたい人、子どもに農業を経験させたい家族連れが参加しやすい点も、会が存続・発展してきた理由です。

また、酒米のオーナー制度という仕組みが、ビジネスモデルとして優れているだけでなく、生産者と農地、一般市民をつなげる役割を果たしている点にも特筆すべきものがあります。「田植え体験で泥だらけになって走り回っていた子どもが、大人になってもう一回来てくれたり、ボランティアで手伝ってくれていた人が出産して子どもを連れてきてくれたり。続けていると嬉しいこともありますね」と山田さんが振り返るように、嵯峨の農地からたくさんのつながりや交流、思い出が生まれてきたのです。

嵯峨酒づくりの会の発足から現在まで会の中心として運営に携わってきた山田さんと北川さん。お二人とも年齢を重ね、近年は信頼できる後継者探しという課題にも向き合っていますが、「元気なうちはやりたいと思ってます」(山田さん)、「5年10年は大丈夫ですわ」(北川さん)と、情熱は衰えていません。
農業と市民をつなぎ、価値を生み出して地域に還元する。そんな都市農業が目指すべき一つの理想を27年前から追求してきた嵯峨酒づくりの会には、学ぶべき点が数多くあります。

「嵯峨は規制もあって建物もたてにくいけど、この風景を残したいから私たちも頑張ってます」(山田さん)。「土地もあるし、今は機械が発達してるから普通の人でも米作りはやれます。やる気のある若い人がでてきてくれたら」(北川さん)。

北川 美一さんと山田 耕司さん
JA京都市 嵯峨支部

九条ねぎや水稲、小松菜を生産する山田さんと、多品目の農産物の生産・小売りを営む北川さんは、生家が隣同士で幼馴染み。嵯峨酒づくりの会の創設メンバーであり、1996年から現在まで運営を支え続けています。

●嵯峨酒づくりの会Webサイト
●参加方法
嵯峨酒づくりの会Webサイトにあるお申込用紙(PDFファイル)に必要事項をご記入の上、下記宛てまで現金書留にてお申し込みください。

(送付先)〒616-8443 京都市右京区嵯峨観空寺明水町58番地
山田耕司方 嵯峨酒づくりの会

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