夫の早期退職を機に、農業の世界に飛び込んだ石田尚子さん。独自に取り組む「見て楽しい畑」「味の濃いおいしい野菜」づくり、また地域の人たちをつなぐ農業への思いについて、うかがいました。
見て楽しい畑、味の濃いおいしい野菜
京都市西京極。静かな住宅街に残る農地は、石田尚子さんが管理する農地です。ほとんどが手作りだというエクステリアや、ところどころに配されたガーデン調の愛らしい風情が特徴。建物と道路が周囲を囲む風景に彩りを与えており、思わず足をとめて眺めていたくなる、優しい雰囲気を醸し出しています。

ほ場にはトマトやほうれん草、サトイモや大根といった四季ごとの露地野菜と水稲、さらに色とりどりの花が栽培されています。収量やスケジュールだけでなく、それぞれの植物が育ったときの色も意識しながら栽培計画を立てるという石田さん。絵画を描くようにつくるほ場は、「キャンバスのよう」と評されることもあるのだとか。

ひまわりやマリーゴールド、カモミールといった花々は、可憐な見た目で楽しませてくれるだけでなく、「コンパニオンプランツ」として、ともに植える野菜を病害虫から守り、生育を助ける役割も果たします。『見て楽しい畑』と『味の濃いおいしい野菜』を両立させることが、石田さんの目標です。

また、ほ場の一画には野菜の直売所が設けられ、その日採れた農産物を販売しています。その場に無いものは、畑から採って手渡すこともあるというほど買い物客との距離が近く、お年寄りをはじめ、地域の人たちが毎日のように立ち寄り、交流する場になっています。

畑にいる時間が何よりも楽しい
直売所に掲げられた「京ベジガーデン にしまご」という店名は、夫の生家であり、400年以上の歴史をもつ石田家に伝わる屋号「西京極の孫左衛門」からとったもの。もともと保育園の調理師として各地で働いていた石田さんは、夫の早期退職を機に京都へ移住。義父や義母の農作業を手伝ううちに、「これだけ長く続いた農地を残さなければ」という思いが高まり、農家に転身することになりました。


「もともと食べることが好きで、調理師の仕事もしていましたが、農業に従事し、自分でつくったとれたての野菜はこんなにおいしいのかと感動しました。本当に幸せなことだと思います」と振り返る石田さん。当初は不安もあったそうですが、周囲の助けを得ながらノウハウを身に付け、大好きな花を活かしたコンパニオンプランツや、自家製ぼかし肥料(米ぬかや油かすなどの有機物を微生物によって分解・発酵させた肥料)を取り入れるなど、楽しみながら農業の幅を広げてきました。
生活パターンは、調理師時代に比べると大きく変化し、雨の日以外は朝から畑に出るという毎日。「でも自分で時間の都合をつけられるので以前より自由な時間が増えましたし、土を触っているとストレスが溜まることもありません」と石田さん。現在は休むよりも、畑で作業をしている時間が、何より楽しいといいます。

また、近年では地域の食農教育活動にも参加。親世代も含めて、農業や食の重要性を伝えたいと考えています。「日々の食卓にのぼる味が、その子の味覚をつくります。スーパーに通年並ぶ野菜だけでなく、旬の野菜の存在にも意識を向けて、おいしく食べてほしいと思います」と語ってくれました。

この風景を、未来につなぐ
家族以外に知り合いがいない土地で農業をはじめた石田さんですが、農業を通して多くの人たちとのつながりができました。「地元の方たちが応援してくださって、差し入れをもってきてくれたり、農業の情報を教えてくれることもあります。京都の街中で新規に就農することは簡単にできることではなく、本当に恵まれていると感じています」。

近年は海外からの移住者が近隣に増えていることから、空心菜や紅菜苔(コウサイタイ)、パクチーやイタリアナスなどの外国野菜にもチャレンジ。垣根を感じさせないオープンな人柄は、自身がつくるほ場のように、周囲の人たちの気持ちを明るく、穏やかにさせてくれます。

この日の取材中も、多くの近隣住民が立ち寄り、石田さんに声をかけていく姿が見られました。「義父によれば、このあたりは一面の田んぼだったそうです。住民の方はかつての風景を憶えていて、うちの作物や、ここで暮らす生き物たちがどう育っていくのかを楽しみにされています」と石田さん。受け継いだ農地と地域の文化、そして種を未来へとつなぐため、今日もほ場へと出かけます。


生産者おすすめレシピ【イタリアナスのチーズ焼き】


石田 尚子さん
2021年頃から西京極で農業に従事し、四季の露地野菜や水稲を栽培。「にしまご」の屋号を受け継ぎ、直売所を運営するほか、嵐山「うまいもん屋」でも販売。日々の活動はinstagram「京ベジガーデン にしまご」から発信。
Instagram(@kyo_vegegarden_nishimago)