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太秦、変わりゆく街と変わらぬ思い 「街中にある田畑」をつくってきたもの

市内中心部からほど近い右京区太秦は、ファミリー層を中心に人気を集める住宅地。時代とともに変わりゆく太秦の街で長く農業を営んできた生産者、芦田貞克さんに、自身が確立してきた無農薬農法や、地域農業の歴史についてお話をうかがいました。

京都の無農薬農法のパイオニア

京都市右京区太秦。住宅街として人気を集めるこの地域の一角に、芦田貞克さんの圃場があります。大根やかぶら、日野菜など、京野菜を含め栽培品目は80種あまり。巨椋池や近隣に借りた圃場でも米づくりを行っています。

芦田さんは京都でいち早く無農薬農法を実践した生産者の一人。長男が幼少の夏よりアトピー性皮膚炎になったことがそのきっかけだったと振り返ります。無農薬農法での生産は当初は「とても順調」に進んだといいますが、それは土中に残留していた農薬や肥料の効果が残っていたからと芦田さん。農薬の効果が消えた3年目以降は、虫対策や除草の難しさに悩まされました。
また、今では一般に普及しつつある無農薬農法も、芦田さんが始めた45年前は流通関係者や、消費者にも理解を得られなかったといいます。

それでも数少ない関係者に話を聞いては、唐辛子で虫よけ剤をつくったり、土づくりに微生物や米糠を使うなど、徐々に芦田さん流の無農薬農法を形にしてきました。今ほどの情報がない時代だけに大変な労力が伴ったはずですが、「嫁さんの協力があったからできたこと」と、家族への感謝を口にします。

現在は、無農薬農法をはじめるきっかけになった息子と二人三脚で農業を続けています。苦労の結晶である農産物は、自宅で軒先販売も行っており「あんたとこの野菜が一番おいしい」と、長年通い続ける人もいるのだとか。また、野菜の高騰が続く昨今では、遠方から安全でおいしい野菜を求めに来る人の姿も目立つようになりました。

農事研究会を立ち上げた地域農業への思い

芦田さんを語る上では、太秦地域の農業に対する貢献を外すことはできません。

太秦は、農業への意欲が高い地域。市場への出荷を主としてきた太秦では、「味はもちろん、少しでもきれいにしんならん」と農産物の見た目、荷姿まで徹底してこだわる点が特徴です。

「例えば藁で野菜を束ねるとき、藁を水に通して、ピシッとさせてから束ねました。カゴに盛るにしても高く、美しく見せるやり方があるし、野菜の包み方、その包みをくくる方法にも色々あるんですよ」と教えてくれました。

こうしたこだわりをもちながら出荷を続け、さらに、今から60年前に「農事研究会」という若手生産者の組織を設立しています。JAが同様の組織である「青壮年部」を各地につくるより早く、地域の農業技術の研鑽や情報交換を目的とした会を立ち上げたのです。

「当時の太秦は生産者が一匹狼のようで、互いに顔も名前もわからない状態。『これはおかしい』『ちゃんと集まってやろう』と個々の家を回って、皆の賛同を得ました」。

農事研究会はその後も生産現場の視察会、野菜の持ち寄り品評会を開催するなど、現在に至るまで地域の農業の発展に貢献し続けています。
「私たちがやりだしたときは若かったですからね、『京都市民の胃袋はわしらに任せておけ』という気概だけで動いていたように思います」と当時を振り返ります。

生産者として農業に向き合い、技術と品質を高めるという純粋な目的意識は、会のメンバーに着実に受け継がれています。

農地と生産者の背景にあるストーリー

歴史や地形、地域ならではの気質など、エリアによって大きく異なる文化や価値観をもつ点が、京都市の農業の特徴です。太秦エリアは急速な宅地化にともなって生産者の減少、農地の転用が進みつつありますが、それでも「農業を一生懸命に頑張る」ことが、地域生産者のアイデンティティであり続けています。

芦田さんがこうした太秦ならではの農業をつくり、支えてきた一人であることは間違いありません。地域生産者との交流が薄かったJAとのパイプ役も果たし、12年に渡って理事も務めました。近年もJA京都市が取り組む動物園へのロス野菜の寄付活動にも、積極的に協力し太秦のみならず、京都の都市農業の価値向上に貢献しています。

自家の利益だけでなく、地域農業の発展を考えて行動する。芦田さんのような生産者の存在が、JA京都市の歴史をつくってきました。

大きな功績を重ねてきた一方で、おおらかで、飾らない人柄を感じさせるのも芦田さんの特徴。「この前も米の収穫をしていた時に、通りがかった子どもから『おっちゃん、お米つくるのは簡単やな』と言われてね(笑)。『コンバインで収穫するだけやない、他にも色々やってお米ができっさけ、いっぺん見においでや』と誘っておきました」と目を細めます。

少年の目には「コンバインに乗った生産者」としか映らなかった芦田さんが、地域農業の発展に長年尽力してきたように、私たちが都市部で目にする農地や、そこで汗を流す生産者のそれぞれにも、固有のストーリーがあるはずです。

「あ、こんなところに田んぼがある」
「まだ畑が残っている」
そんな感想で終わらせずに、時にはそこでつむがれている農業や人の歴史を想像してみる。
そんな人が増えることで、都市と農業のより良い関係が見えてくるのかも知れません。

芦田貞克さん
JA京都市 太秦支部
京都太秦芦田農園にて 64 年間農業に従事。「農事研究会」の立ち上げや、JA 京都市 太秦 支部の支部長として地域農業の発展に尽力。

●主に生産している農産物(栽培野菜、時期は毎年変わります)
春~夏:
菜花、九条ねぎ、かぼちゃ、坊ちゃんかぼちゃ、トマト、ミニトマト、きゅうり、朝風きゅうり、なす、かもなす、万願寺とうがらし、柊野ささげ、フルーツコーン、トウガン、黄マクワ、ズッキーニ、水ナス、玉ネギ、伏見とうがらし、激辛とうがらし、サンド豆、実エンドウ、スナップエンドウ、赤しそ、菊菜、白菜

秋~冬:
九条ねぎ、ほうれんそう、小松菜、畑菜、水菜、わさび菜、サラダ小かぶ、モモノスケ、西洋にんじん、大根、聖護院大根、四川児菜(つぼみ菜)、赤水菜、サツマ芋、スイオウ菜、赤芯大根、紅一点大根、ハヤトウリ


●芦田さんの農園「芦田農園」直売所(無人直売所)
京都市右京区太秦井戸ヶ尻町10
TEL:075-871-3339
営業時間:10時~18時
店休日:なし


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