おひたしから揚げ物まで、幅広い料理に使われるなすびは、京都でも盛んに栽培されています。市内の一大産地である太秦の生産者で、これまで多くの品評会で評価されてきた福田滋生さんに、なすびづくりや農業の意義など、じっくりお話をうかがいました。
太秦の風土が育む美しい野菜
京都市の農業の特徴の一つに、「品質を追求し続ける姿勢」があげられます。「持寄品評会」や「立毛共進会」といったイベントが定期的に開催されるなど、味や見た目の美しさ、畑の仕立て方から病気対策まで、互いに競い合いながら品質を高め合う風土は、他の産地に見られない特徴といえるでしょう。
右京区の太秦地区も「美しい野菜」づくりへの情熱が特に高い地域の一つです。その太秦の特産品であるなすびを栽培する福田滋生さんは「京都市長賞」をはじめ、これまで多くの賞に輝いてきた、太秦を代表する生産者のひとりです。

福田さんが栽培するのは「千両なす」という品種です。見た目は長卵形で艶の良い黒紫色。皮は柔らかく、幅広い料理に適しています。例年3月頃から土づくりをはじめ、4月下旬に定植し、約1か月後の5月末頃から秋の終わり頃まで実がなり続けます。

「太秦には『農事研究会』という若手生産者の集まりが伝統的に開かれてきました。そういう場で生産者同士が情報交換を行うことで、地区全体の品質が高められてきたと思います」という福田さん。
現在は自身も役員として品評会の運営に携わる立場になりましたが、「年を重ねるごとに体力的な余裕はなくなってきますが、だからこそ新しい品種や資材があれば試してみて、より効率的な方法を考えたいと思っています」と、探求心や向上心に衰えが見えることはありません。

なすびの評価を左右する「見栄え」
現在は約1.5反の畑に、約650本の千両なすを栽培。隅々まで整理が行き届いた畑を観察すると、畝の高さに気がつきました。「この辺りは川に近いため、土壌が浅く、ある時期になると病気が広がりやすくなります。畝を通常より高めにつくることで、根を病害から遠ざける効果が期待できるんです」と福田さん。梅雨時期に湿害にあった際にも、早い回復が見込める点も、高畝のメリットなのだとか。

また、保温や除草対策にはフィルム製のマルチが用いられるのが一般的ですが、福田さんは土壌の高温化を防ぐために藁を敷き詰めています。さらに害虫対策のためにほ場を囲むようにソルゴーを植えるなど、手間暇を惜しまない畑作りを実践してきました。
トマトや果物のように糖度を計測できる農産物に比べると、なすびの味は料理してみるまでわかりにくいものですが、油や出汁との相性の良さ、火を入れたときの「ほろりと崩れる」ような肉質の柔らかさが福田さんの理想です。「皮が柔らかい夏、皮に歯ごたえが出る秋と、収穫時期ごとに適した料理がある点も、なすびの特徴だと思います」。

調理するまで味がわかりにくい分、なすびは「見栄え」が評価を大きく左右する野菜です。福田さんが雑草対策を徹底して行うのも、虫食いの被害を食い止めるためです。
また、露地栽培には風によって果実が擦れ、傷がつきやすいという弱点があります。その対策のために防風ネットを全面に設置するほか、ほ場を囲むソルゴーが防風柵としての役割も果たします。わずかな傷によって味が変わることはありませんが、商品価値を少しでも高めるために、工夫と努力を重ねています。

「ふしんだ」が教えてくれる、農業の価値
なすびは湿度の高い環境ほど生育が進む特性をもっており、蒸し暑い京都盆地はなすびの栽培に適しています。また水不足に弱いという特性もありますが、近くに桂川が流れ、水持ちが良い福田さんのほ場は、水の管理という点でも適しています。「土地ごとに色々な野菜が栽培されているのは、偶然ではありません。先人たちが土地を見極め、色々な条件を加味した上で定着させていった歴史によって、『産地』ができていくのだと思います」。

一方、川の近くの田畑は、大雨によってたびたび土が流されてきた苦難の歴史と切り離すことはできません。「このあたりの田んぼは、かつて『ふしんだ』と呼ばれていました。子どもの頃は意味がわからなかったのですが、大雨で土が流されるたびにご先祖たちがもっこ(運搬用具)を背負って土を戻してきた、つまり『普請によって作られた田』という意味なんです」と教えてくれました。

現在では農地が減少し、周辺には住宅が立ち並んでいます。暮らしの中に農業が溶け込む風景は都市農業ならではといえますが、その未来について考えるとき、同じ空間を分け合う地域住民と生産者がうまく共存し続けることが大切であると、福田さんはいいます。

「幸い、うちは住民の皆さんと仲良くさせていただいていますが、農作業にともなう土埃や臭いが地域で問題になるケースもあると聞きます。また、これだけ流通が発展し、スーパーに何でも並ぶ時代になれば、農業や生産者に対する意識も、変わっているのかもしれませんね。決して『生産者を敬ってほしい』というつもりはありませんが、農業は人間が生きていく上で絶対に必要な営みであるということは、この先も変わらないと思います」と語る福田さん。日々自然に向き合い、食という恵みをもたらしてくれる生産者の声に、今こそ耳を傾けたいものです。

福田滋生さん
太秦で20代から農業に携わり、約10年前に専業農家に。なすびや水稲、ほうれん草、サニーレタス、きゅうりなどを栽培する。「京都乙訓地域茄子立毛品評会」「太秦農事研究会夏野菜持寄り品評会」など、多くの品評会で賞を獲得。